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自由と死「霍青娥」ー東方をフェミ的に論じる

 本記事は、ジェンダーの視角から東方ロストワードを論じようとするものです。  まずは「ジェンダーとは何か」という点から話をしたいと思います。     身体的な性別のことを「セックス」と呼ぶのに対して、社会的な性差のことを「ジェンダー」と呼ぶ ・・・というのが教科書的な説明になるのですが、これだと、ややわかりづらい。 私は「男らしさ」もしくは「女らしさ」と理解すると良いと思います。   具体的に説明すると↑こういうことです。  股間にゲイ・ボルグがあるかどうかではなく、行動をもって男か男じゃないかを判断するのですね。 劇中の言葉を借りれば、攻撃が通じない敵に対して逃げを選ぶ人間は「弱虫」であり、男らしくないのです。 こういう縛りを入れて、条件をクリア出来るかどうかでその人の価値を決める姿勢に直結したものだと捉えれば概ねOKです。   ジェンダーを語る際に重要なのが この概念は「子供を産めるか、作れるか」という考えに強く影響されたものであるということです。 男性の場合、きちんと彼女を作ってプロレスごっこをしているかどうか、 女性の場合は結婚をして子供を産んでい

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